新潟県北部に位置する村上市と関川村。この美しい自然豊かな郷土で育てられている「いわふね杉」をご存じでしょうか。
かつてこの地域で生産される木材は「越後杉ブランド」として親しまれていましたが、平成31年3月にその認証事業が終了。
ブランド名が失われたことで、地域で生まれた素晴らしい木材が地元で使われている事実すら、住民に届きにくくなっていました。
「このままではいけない。美しい森林と伝統を、次の世代へ繋いでいきたい」——。
そんな危機感と情熱を抱いた村上市内の若手林業家たちが立ち上がり、令和2年11月に「林業関係次世代の集い」を結成。
行政へ地域の森林活性化を提言するとともに、この地で育まれた杉を「いわふね杉」と命名し、新たなブランドとしての歩みが始まりました 。
今回は、過酷な自然が育んだその驚くべき特性や深い歴史、そして私たちの暮らしと地球環境を守る素晴らしい可能性についてご紹介します。

新潟県屈指の森林地帯が生み出す「いわふね杉」とは?
新潟県の最北部に位置する村上市・関川村地域は、実は県内随一の林業が盛んな素材生産地です。
なんと新潟県全体の森林面積の約15%、そして県全体の素材生産量の約40%をこの地域が占めており、新潟の森林・林業を支える極めて重要な役割を担っています。
先人たちが何世代にもわたり受け継いできた技術と、美しい大自然のなかで育まれたこの杉は、まさに地域の人々の郷土愛が詰まった「郷土愛の杉」です。

雪国がもたらした奇跡——「いわふね杉」2つの優れた特性
「いわふね杉」は、ただの木材ではありません。
新潟特有の過酷な冬を乗り越えることで、建築材や家具材として極めて優れた2つの強みを持っています。
① 美しく、頑丈な「細かな木目」
冬が長く寒さが厳しい雪国では、樹木の成長がゆっくり進みます。そのため、木の年輪が細かく、美しく整った均一な木目が形成されます。
この細かな木目は、見た目の美しさだけではなく、木材としての強度や耐久性を格段に高める大きな役割を果たしています。
② 重雪に耐えた「しなやかさと粘り強さ」
新潟の冬は、水分を多く含んだ重く湿った雪が降り積もります。その猛烈な重圧に耐え忍びながら真っ直ぐ育ったいわふね杉は、「赤みがあり、粘り強さとしなやかさを兼ね備えた優良な杉」へと成長するのです。
曲げに強く、折れにくいその性質は、家づくりの構造材としても絶大な信頼を誇ります。

城下町の町屋を支えた「歴史」と、近代造林の「礎」
いわふね杉の歴史は深く、地域の文化や暮らしと密接に結びついています。
■ 越後三大大工が愛した木
村上・岩船地域では、古くから地域産の木材が利用されてきました。
城下町村上には、地元の腕利き大工の手によって建てられた築100年以上の町屋や武家屋敷、関川村には歴史を物語る豪農の家が今も美しく残されています。
また、この地域は漆塗りが盛んだったことから、宮大工をはじめとする優秀な職人が集まり、のちに「越後三大大工」と称されるほどの卓越した大工集団が生まれました。
■ 近代造林の開拓者・富樫長吉の功績
新潟県北地域が今日このような大森林地帯となった背景には、先人の並々ならぬ努力がありました。
明治時代、この地が杉の生育に最適であることを見出した富樫長吉(とがし ちょうきち)氏によって、本格的な造林が開始されました。
植林と伐採を計画的に行う「循環型林業」による建築用木材の供給は、県内でも先駆けとなる先進的な取り組みでした。
今私たちが目にしている豊かな森は、明治期から脈々と受け継がれてきた近代造林の賜物なのです。
地球を守り、豊かな海を創る——木を使うことがエコになる理由
近年、地球温暖化防止やSDGsの観点から「地元の木を使うこと」の重要性が叫ばれています。
いわふね杉を利用することは、実は地球環境を優しく守ることに直結しています。
- 驚くべき炭素貯蔵力
木は光合成によって二酸化炭素(CO2)を吸収し、炭素として体内に蓄えます。木造住宅1棟(延床面積100㎡)に使用される木材には、約15t-CO2もの二酸化炭素が貯蔵されています。
これは、普通自動車で約5万km(地球を約1周半)走ったときに排出されるCO2量に匹敵します。
地元の木で家を建てることは、街の中に「第二の森(炭素の缶詰)」を作るようなものなのです。

- 「豊かな海」を作るのは「豊かな山」
いわふね杉が育つ森林は、雨水をたっぷりと蓄え、少しずつ川へと流します。
この水には山林の腐葉土などから溶け出した豊富な栄養分(養分)が含まれており、川を通じて海へと流れ込みます。
これが海のプランクトンや魚、貝類を育む貴重な栄養源となるのです。
豊かな海を守るためにも、山の適切な手入れ(森林整備)は絶対に欠かせません。

- 輸送コストとCO2の削減(ウッドマイレージ)
海外や遠方から木材を運ぶと、膨大な輸送エネルギーがかかり、CO2を排出します。
地元で育てた「いわふね杉」を地元で消費する(地産地消)ことで、輸送距離を最短に抑え、環境負荷を大幅に削減できます。

建築からおもちゃ、お料理まで!広がる「いわふね杉」の活用事例
■ ぬくもり溢れる建築物
- 一般住宅
木の温かみがリラックス効果をもたらし、快適で健やかな住空間を実現します。 - 公共・商業施設
瀬波温泉「道玄池いこいの森森林公園」の公衆トイレや、村上信用金庫小野支店の「みんなのトイレ」など、多くの人が集まる場所にもいわふね杉が使用され、訪れる人にやすらぎを提供しています。
■ 暮らしを彩る木工・クラフト
- 「つみっきー」や木製積み木
刺激の少ない柔らかい肌触り、口に入れても安全な自然素材として、子供たちのおもちゃに最適です。 - ノベルティグッズ
スマホスタンドやペン立てなど、オフィスや自宅で木の香りを楽しめる小物が開発されています。
■ アウトドアやグルメへの意外な広がり
- キャンプ・薪用
粘り強くしなやかな繊維を持ついわふね杉は、たき火用の薪としても非常に優秀です。 - 料理の香り付け(割烹 新多久様など)
杉特有の高貴で清々しい香りは、料理の引き立て役(香り付け)としても活用され、新潟の美食文化を支えています。

いわふね杉を、未来へ。
「いわふね杉」という名前には、先人たちの伝統を未来へ繋ぎ、この美しい郷土を林業・木材産業を通じて活性化させたいという、次世代の強い願いが込められています。
今後、いわふね杉のロゴマークやマスコットキャラクターの公募、地元の特産品とのコラボレーション、新たな商品開発なども計画・提言されています。
家を建てるとき、おもちゃを選ぶとき、日々の暮らしのなかで。ぜひ「いわふね杉」の温もりに触れ、私たちの豊かな森を未来へ繋ぐ一歩を踏み出してみませんか?